kodaainext’s blog

17年はかっこよくなることが抱負の28歳男のブログ

2月4週目 命にふさわしい

amazarashiの新曲「命にふさわしい」を土曜日に聴いた。

youtubeで配信されたのは2週間も前だが、amazarashiの楽曲を真正面から聴くのは結構エネルギーが必要なので、聴くべき時に聴こうと決めていた。

 

youtu.be

 

まずMVの内容について、個人的にかなり衝撃を受けた。

綺麗なフランス人形が残酷に破壊されることを繰り返すだけの映像に心をえぐられた。

所見ではMVの内容にいっぱいいっぱいで、歌詞はほとんど頭に入ってこなかった。

ただひとつ、「心さえなかったなら」と繰り返す言葉に、あぁ自分は心があるからこそこのMVに痛みを感じることができるのかと思った。

 

歌詞を見るよりも先にこの曲を何度もリピートして、それでも難解な歌詞を聞き取ることができなくて、曲の構成を覚えたころに歌詞を読みながら聴いてみた。

そしてなるほど、これは前向きな曲だったのかとそこで初めて知ることができた。

 

曲を構成する歌詞のすべてが、自分の思うamazarashiの原点のように感じた。

「心さえなかったなら」というフレーズが、心があるからこそ悲しい事を悲しいと感じられる、と伝えているのかそれとも、悲しいと感じる様な心なんてなければいい、と伝えているのかは分からない。

少なくとも自分の中では皮肉的で投げやりだけども前向きな歌だった。

 

前の職場で、毎日工場の部品のように消耗して生きていた自分は、感情なんて全部なくなってロボットのようになれればどんなに楽だろうなと何度も思いながら生活していた。

好きな人に拒まれ、友達と遊んでも寂しくて、過ぎていく時間に焦って、人生を空虚に感じていて、それでもamazarashiを聴きながら、必死に騙し騙し生きていた。

その結果精神的におかしくなって青森に帰ってきたわけだけれども、今は充実した生活を送れていて、白々しくも、生きていてよかったと思えることは以前より何倍も多くなった。

 

この歌はamazarashiから僕に対する答え合わせのようにも感じた。

散々馬鹿にされても、惨めに晒されても、それでも自分を捨てずに自分を持って生きてきた自分を肯定してくれているように思った。

馬鹿にされて、惨めな思いに耐えてきた自分が、今ではただただ誇らしく思う。

 

これからも酸いも甘いも色々なことがあって、そのたびに一喜一憂して、風が吹けば飛ぶようなこれまでの決意を、何度だって立て直して生きていこうと思った。